[日本語文章表現]「科学だけではない」について

科学だけではない

朝日新聞のコラム「科学は他人事か」を読む、当にその通りで、金森修の観点に全面的に賛成する。だが、この文章で提起された問題は科学の範囲だけではないと思う。
むしろ、「事実」或いは「真実」に対して、一般市民はほとんど漠然と他人事のようにしか見ていないのではないだろうか。

このような社会に反応するかのよう、ビートたけしの番組「本当に怖い家庭医学」がヒットしていた。医学知識ときたら、固くて難しいことだろうと人々は思う。しかし、自分の体が怪しくなると、調べもせずに、ただ市販の薬を勝手に飲むか、病を放っておくかして、やがて深刻な状況に陥ってしまう。まさに金森修に指摘されたように「そのしらないと言うことを巧みに利用され、蹂躙される可能性が高まる・・・・・・」

さらにいうと、新聞もそうなのではないか。




人は無意識的に活字を信頼すると主張する学者がいて、彼は市民がテレビニュースや新聞に信用し過ぎることを心配していた。新聞で載せられことすべてが事実だという考えを抱く人は大勢いるだろう。しかし、誤報や錯報の事件は今も各地で発生している。先日も「アルガイタと関連がある」と報道された無実なイラク人がいたという特番が流された。錯報によってその人は今仕事も生活もできなくなった。絶望的ん状況に落ち込んでしまった。

だから、何も知らないよりは、少しでも知っている方がいい。そして、何より大事なのは、批判的な思考とリサーチする行動力だと思う。

これも本来大学教育の目的なのはずだが、実際に出来る大学生は何割いるだろうか。

2004年・12月