養老孟司の「子どもが『なくなった』理由」について
作者は最近良く耳にする有名人で、今日彼のエッセイを読ませていただいて、「なるほど」という気持ちがする。確かに、独自な見解を持っていて、妙な説得力のある文章であると思う。
しかし、もうちょっと深く読んだらいくつかのところは立論が危ういと言う気がする。そもそもタイトルから見ると、この文章の目的は「子どもがなくなった」理由を説明するはずなのだ。しかし、実際には自然がなくなることと、両親の役割の変化といった二つを、作者は挙げている。けれど、最後の結論は実証研究の不足と保育園の進め方に帰結してしまう。
一体結論の論旨と題目はどう繋がっているのだろう。これではあまり納得がいかない。
もちろんエッセイ程度の文章だから、そこまで追求する必要がないとは思うが、作者が一番ん言いたいことがボンヤリしていてよく捕まえられないのは、読んでいてスッキリしない。わたしから見ると、ここで語られている子どもには二つの意味の子どもが含まれている。一つは本当の子供、もう一つは「自然体としての子ども」なのではないか。なぜなくなったと言えば、時代の進歩に伴って、少子化、高齢化は当然の結果である。欧米先進国を見れば分かることだった。
けれど、「自然体」としての子どもまでなくなるのは止められないことではないと思う。作者が提出した自然が消失したり、教育に熱中したりとか言うことも、その理由と言えるだろう。わたしは子どもの「数」を回復することより、子どもの「自然」を取り戻す方がずっと重要だと思う。